楽器の操作がある程度出来るようになったサックス初心者が、次のレベルに進むための難関が「歌い方」でしょう。指導者や先輩は、「もっと、歌って!」「フレーズに感情を込めて歌うの!」などと、なにかにつけて「歌うこと」を強調します。言ってみれば、楽器を鳴らすという基本操作は「歌う」ことへの準備に過ぎません。とはいえ、一言で「歌う」と言われても、初心者はおろおろするばかりです。サックスで歌うためには、何を考え、何をすべきなのかを考えてみましょう。
日本が世界に誇るクラッシックサックス奏者、須川展也氏は自伝的エッセイ『サクソフォーンは歌う!』(時事通信出版局)という自著を記しています。そしてそのなかで「歌うようにサックスを吹く」ためのアドバイスとなるような経験談を、数多く語っています。そして氏は別の記事でも「実は僕は、自分の声で歌うことが苦手です。決してきれいな声ではないし、なかなかいい音程で歌うこともできません。歌うと思うとそれだけで尻込みしてしまうようなタイプ……だから、楽器で歌おう!という思いが強いのかもしれません。」と述べ、別の機会では「サックスという楽器は、他の管楽器に比べて早くメロディが吹けるようになるのですが、すぐにそれだけでは物足りなさを感じて来ます。そんなとき、楽器は歌を歌うつもりで吹く、歌う代わりに楽器で表現するということを改めて意識すると、さらに練習が楽しくなり、やるべきことも増えてくるのではないかと思います。」とアドバイスしています。サックスで音楽をするということは「歌うこと」なのではないでしょうか。
須川氏は「音楽は、人間の喜怒哀楽を表現するということが一番大きなウェイトを占めていると思います。作曲家の書いた譜面を自分の言葉にして伝えることや、自分でフレーズを思い浮かべて即興的に吹いたりすることも、基本的には何か人間の感情を表したいがためにすることですよね。」ともコメントしています。このコメントから逆算する方法で「歌う」ということを掘り下げてみましょう。喜怒哀楽の無い、下手な歌をワザと歌ってみましょう。音程あいまい、歌詞は棒読み、強弱は無し、声はか細く安定せず、等。あれ、これって棒吹きの「歌っていないサックスの演奏」そのものじゃないですか。歌っていない楽器の音は、聴いていられない下手な歌、そのものなんですね。ですので、ちょっと「歌う」を意識した演奏にするだけで、たちまちサックスの「音」は「音楽」になるのです。ちょっとした強弱、抑揚、音程の細かなコントロールを意識すれば、日頃慣れ親しんだ「歌」を歌うことはそんなに難しいことではありません。上手い歌い方を感じたければ、好きな歌手の歌を注意深く聴いてみましょう。言葉に感情を込めるための細かなテクニックがちりばめられているはずです。音楽の細かな表現手法を「アーティキュレーション」と呼びますが、楽器の演奏を手本にアーティキュレーションを聴き分けるというのは、実は少々難しい技術です。しかし歌詞の入った歌であれば、そのアーティキュレーションの技の必然性や、目指すところが言葉によって明確になり、意外とすんなり理解できるようになります。ボーカル研究でアーティキュレーションを学び、自分のサックスの音楽性を、より一層の高みに近づけましょう。
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