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Written By: sax on 7月 31, 2019 No Comment

サックスを首から提げるためのネックストラップは、サックス奏者の必需品です。出先でストラップを忘れたことに気づき、「え~?」と叫んでも、ストラップ無しではどうにもサックスを吹くことは困難です。椅子に座って、サックスを何かの台に乗せて、なんとか吹く姿勢になれないこともありませんが、ま、格好悪いですね。そのストラップですが、引っ張ったり、擦ったりと色々な重労働で消耗度が高いグッズです。汚れた、千切れそう、破れそう等でストラップの新調を考えているあなた。まだまだ修理して使えますよ。
 ストラップの部品で一番酷使されているのは、やはりストラップフックでしょう。プラ製なら「割れた」「折れた」「削れた」「(ベースから)抜けた」が、メタル製なら「メッキが剥げた」「削れた」等が考えられます。これらフックの不具合は、交換することで簡単に修理できます。そもそもストラップのフック部は、デ・ジャックス製ストラップのような特殊形状のフックを除けば、ほとんどのストラップが「流用品」を使っています。カバンのショルダーベルトを引っ掛けるフックであったり、キーホルダーのフックであったりします。「キ ーホルダー」、「カバン部品」、「アクセサリー」等のキーワードで探せば、希望の形状のフックが簡単に見つかるはずです。フックを紐に取り付けるためのD環・0環(D型、0型の金具)も一緒に見つかると思います。

 ストラップの紐が擦り切れて切れそうになったら、登山用品のお店に行きましょう。「ザイル」というとかなり太めの紐になりますが、細めの「ロープ」や「登山靴用シューレース (靴紐)」はストラップに最適な丈夫さを持っています。柄もカラフルなものが多く、お酒落なストラップが作れます。紐タイプのサックスストラップの機能は、スライダーに紐をどのように通すかで性能が決まります。スライダーの穴への紐の通し方を間違えると、長さが不用意に変わってしまったり、演奏中に伸びてしまうこともあります。紐の通し方をスマホで写真に撮っておき、元の通りに新しい紐を通せるようにしておきましょう。ナイロンベルト式のストラップなら、「カバン用の部品」がそのまま使えます。その場合、スライダーになる部分の性能を、サックスストラップ用にしっかりと吟味してください。サックスストラップのスライダーの場合、「ゆるんだ状態では軽く動かせて、引っ張った状態ではまったく動かない」が重要です。
 ネックベルト部分も結構早く劣化します。「汗を吸って臭くなった」、「紐が留めてある先端が千切れそう」、「革がボロボロになって表面が剥がれてくる」等の劣化が定番です。ストラップの紐を結び付ける部分の強度を保つための「ハトメ」が打てれば、どんな「ベルト」 でも使用できます。レザークラフトのお店で、良いものが見つかるかもしれません。流用性が高いものでは、カメラのストラップがお勧めです。一眼レフ用のカメラストラップは、サックスストラップとして流用しても、結構首周りを快適にしてくれます。

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Written By: sax on 7月 10, 2019 No Comment

ご存じ「世界のナベサダ」は1933年栃木県生まれの86歳、偉大なアルトサックスおよびフルート奏者です。歳を感じさせない熱い演奏で、ジャズファンのみでなく、多くの音楽ファンを魅了しています。栃木県立宇都宮工業高等学校を卒業後、1951年に上京。銀座のクラブ等で演奏活動を始め、1953年には穐吉敏子率いるコージー・カルテットに加入しました。 1958年にはジョージ川口ビッグ4に参加し、1961年、28歳にして初リーダーアルバム『渡辺貞夫』を発表しています。渡辺貞夫の歴史そのものが、日本のジャズの歴史と同期していますので、彼の音楽遍歴は多くの資料で取り上げられています。ボサノヴァとナベサダ、アフリカとナベサダ、クロスオーバー(フュージョン)とナベサダ、等の資料については、数多くの記事がネット上に溢れています。ですので、ここでは少し斜めから見た「ナベサダの偉業」にスポットを当ててみたいと思います。
 ジャズプレーヤーの立場から渡辺貞夫を語るとき、彼が日本で広めた「バークリー・メソッド」を取り上げないわけにはいきません。ボストンのバークリー音楽院で教えている音楽理論がいわゆる「バークリー・メソッド」なのですが、バークリー音楽院では音楽を記号化・理論化し、整理することに成功しました。今、世に知られているポピュラー音楽のコードの理論やコード進行の約東事等は、すべてこのバークリー・メソッドによって解説されていると言って良いでしょう。1962年から3年間バークリー音楽院に留学した渡辺貞夫は、1970 年に「Jazz Study」を出版し、そこにバークリー・メソッドのすべてを記しました。当時のバークリー・メソッドの特徴として、権利等に関し寛容かつ無頓着であり、卒業生たちが自国に帰って自由に教えることを許容していました。ナベサダは私塾を開いたりして、多くの後進に「理論的なジャズの分析法」を教え、それまで「雰囲気」に左右されていた日本のジャズを、一気に理論的に進化させたのです。バークリー・メソッドはブルースの研究から始まり、「ブルースのサウンドの格好良さを、理論的に説明する」ことを突き詰めたとも言われています。ナベサダ以降、我々は「カッコ良い演奏をする理論」を手に入れたのです。
 渡辺貞夫は優れたフルート奏者でもあります。フルートは、日本フィルハーモニー交響楽団の首席奏者だった林リリ子さんに師事しています。バークリー入学前の7年間、彼女の元でみっちりとクラシックフルートを学んだそうです。そのレッスンをひとつのきっかけとして、「それまでジャズ以外の音楽に耳をふさいでいた自分が、少しずついろんな音楽へと心が開を開いていった」、と自らを振り返っています。渡辺貞夫というミュージシャンがジャズプレーヤーに留まらず、あらゆる音楽ジャンルをも取り入れる、どん欲な音楽表現者として今も活躍しているのは、こんな経験が基になっているのかもしれません。

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Written By: sax on 5月 15, 2019 No Comment

「T.K.」こと伊東たけしは、1954年3月15日に福岡県福岡市に生まれた日本のフュージョンミュージシャンです。日本のフュージョンシーンで、サックス奏者、ウインドシンセ奏者として絶大な人気を誇っています。ちなみに「T.K.」とは名前のイニシャルではなく、英語圏では発音し難い「たけし」という音に替えるものとして、「ティーケー」と自身で名乗っています。
 フュージョンやらクロスオーバーやらジャズロックやら、最近ではスムースジャズなどとも呼ばれる伊東たけしの音楽フィールドは、とにかく格好良く、おしゃれで、刺激的で、先進的です。学生ビッグバンドの名門、日大リズム・ソサエティ・オーケストラに所属し、既に有名なリードアルトだった伊東は、当時明治大学の軽音楽部で活動していたギタリストの安藤正容(あんどうまさひろ)が結成したフュージョンバンド、「THE SQUARE」に参加、1978年にプロデビューしました。何度かの離脱もありますが、現在も名を変えた「T-SQUARE」で活動しています。
 伊東たけしと言えば「EWI(AKAI製の電子サックス)」でしょう。伊東は一時期リリコン(コンピュトーン社製サックスシンセ。世界初のウインドシンセ)もステージで使用していましたが、EWIが発売されるとすっかりこちらに傾倒したようです。開発にも深く携わり、伊東用のプロトタイプや専用改造モデルも使用しています。EWIの性能や長所を知り尽くした伊東の演奏は、多くの名演奏を残し、多くのファンの心を掴みました。F-1グランプリのテーマ曲として大ヒットした「TRUTH」での伊束のEWIプレイは、EWI奏者のバイブルであるとともに、音楽界においてウインドシンセの可能性を広く知らしめた名演奏でしょう。あまりにも多くのEWIプレーヤーが伊東たけしのサウンドセッティングを真似て演奏するので、伊東のサウンドセッティングを「EWIの音」と誤解している人も少なくないようです。シンセサイザーなので、あらゆる音が出せるんですけどね。

 伊東はEWIだけでなく、生のサックスにもマニアックです。マウスピースこそオールド・デュコフのD8を主に使っていますが、アルト本体は色々なものを吹き倒しています。「吹き倒す」とあえて使ったのは、伊東はあまりにもパワフルな吹き方をするため、新品の楽器が数年で吹きつぶれ、彼の求める抵抗感が無くなってしまうのだそうです。結果、ネックを変えたり、楽器をGP(金メッキ)のものにしたりと色々試す事になるようです。現在ではセルマーの管体総銀製(スターリングシルバー)のSERIE IIIを使用していますが、この楽器はかなり長く使っています。このモデルの発売直後に渋谷のセルマージャパンで試奏した伊東は、そのサウンドに惚れ込んでしまい、延々と試奏を続けた末に、即購入&お持ち帰りとなったそうです。このモデルはあの渡辺貞夫も使用しています。また伊東は評SAXZ(サクゼト)というブランドから自身のシグネチャーモデルのマウスピースを出したことがあります。デュコフに似たハイバッフルのメタルマウスピースで、なんとこれも総銀製(スターリングシルバー)。10年前の発売当時、価格は16万円ほどでした。凄い!

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Written By: sax on 4月 24, 2019 No Comment

スタン・ゲッツは1927年、ペンシルベニア州フィラデルフィア生まれのジャズテナーの巨人です。誰もがその名前を知る、「ザ・ジャズマン」ですので、彼について語れる逸話は星の数ほどあるのですが、今日は「フォー・ブラザース」、「ドラッグ」、「ボサノヴァ」の三題噺でまとめてみます。
 ジャズの歴史において、「ユダヤ系ジャズマン」は才能ある演奏者のひとつのグループとして分類されています。ゲッツはユダヤ系ウクライナ人移民の家庭に生まれたユダヤ系ジャズマンで、ピアノのビル・エヴァンス、アルトサックスのリー・コニッツ、スイングの帝王ベニー・グッドマン、またビッグバンドの巨匠ウディ・ハーマンも「ユダヤ系ジャズマン」です。ゲッツがベニー・グッドマン楽団やウディ・ハーマン楽団で鍛えられ、頭角を現したというのは、そんな「出自」が関係していたのかもしれません。スタン・ケントン楽団やトミー・ドーシー楽団といった一流バンドで経験を積み、ベニー・グッドマンに移った頃のゲッツは、当時の最先端ジャズ「ビ・バップ」に傾倒し、チャーリー・パーカーのフレーズの研究等に時間を費やしたそうです。そしてウディ・ハーマン楽団で方向性を同じとする先進の若手サックス奏者とともに、伝説の「フォー・ブラザース」を録音します。「フォー・ブラザース」のサックス・セクションは、スタン・グッツ、ズート・シムズ、ハービー・スチュワードの3人のテナーサックスにバリトンのサージ・チャロフという、アルトレスの斬新な編成で、中低域が分厚い、独特のファットなサウンドで人気を博しました。この曲はビッグバンドのサックス奏者にとって、ゆるぎない至高の教材として頻繁に演奏されています。

 次にゲッツのドラッグ歴です。スタン・ケントン楽団時代に若くしてヘロインに手を出し、ウディ・ハーマンのビッグバンドで有名になった頃には立派な中毒患者でした。26歳でモルヒネ欲しさに強盗未遂事件を起こし逮捕され、半年間の麻薬刑務所暮らしを送ることになります。その後、麻薬に代わってアルコール依存に悩まされつつも演奏活動を続け、闘病生活を続けた末に1991年、64歳で肝臓癌で逝去しました。ゲッツにとって不幸だったのは、彼の演奏がドラッグや酒の依存症による衰退を周りに感じさせなかったことでした。もちろんそれらのせいで彼の精神と肉体は蝕まれ、生活も荒れていましたが、彼としては良い音楽を生みだせればそれで良かったのでしょうか。同時代のプレーヤー達の中では、「人としては最低の人間」とのゲッツの評価も少なくないようです。
 そして「ボサノヴァ」のゲッツです。一時期ほとんど引退状態でスウェーデンに移住していたゲッツはアメリカに戻り、「ボサノヴァ」の生みの親のひとり、ジョアン・ジルベルトと、彼の奥さんアストラッド・ジルベルトとともに、「ゲッツ/ジルベルト」を発表します。これが大ヒットし、ゲッツは再び脚光を浴びることとなりました。そのヒットには「ボサノヴァ」という目新しい音楽の効果もありましたが、ジャズマンとしてのゲッツの高い音楽性があってこそのものでした。甘い歌声にからみ付く、寄り添うようなオブリガート(合いの手のメロディ)は、ゲッツならではの音楽世界が作られています。スタン・ゲッツはあらゆる意味で「超人」です。

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Written By: sax on 4月 17, 2019 No Comment

アルトサックスなら安いもので5、6万円、標準価格帯で20万から40万円、文句無しのプロモデルなら50万から100万円あたりと、サックスの価格は本当にピンキリの幅が大きいです。この価格差は楽器設計の形態や製造方法、材料、検品・調整の方法、品質管理の体制など、とても複雑な要因の積み上げから発生しているとは推察されますが、果たしてその価格差が、ダイレクトに演奏者のための品質の差になっているかは意見が分かれるところでしょう。今日はその価格差の一つの要素、「部品の質」について考えてみましょう。
 まずは「ばね」。サックスにはニードルスプリングと呼ばれる針状のバネが、全体で数十本使われています。ニードルスプリングは、サックスの操作性や機能を支える、非常に重要な部品です。ステンレスや鋼鉄、炭素鋼等で作られており、たかが「ばね」ですが、高性能なほど高価です。安価なサックスには銀色のステンレスばねが使われていることが多いようですが、高価なモデルには硬鋼線を低温焼き鈍し(テンパー処理)した、青みがかった黒色のばねが使われています。このばねは焼き鈍し処理によって独特の青みが出るため、ブルースプリングとも呼ばれ、均一で強い弾性とへたり難い耐久性が特徴です。質の高いニードルスプリングは、小さなたわみでもしっかりとした反発弾性を持つため、繊細で応答性の良いサックスの操作が実現します。

 次に気になるのがパッド(タンポ)の品質です。サックスのタンポの構造は、基本的に台紙と呼ばれる丸い紙に、中綿となるフェルト、これを包み込みこむように皮が張られ、プラスチックや金属のリゾネーター(ブースター)と呼ばれる円盤状の板でそれらを止めています。皮には合成皮革、羊やカンガルーの天然皮革等が使われ、ほとんどの場合防水加工されています。高価なパッドはきめの細かい柔らかな皮で、トーンホールの密閉性を高めます。またリゾネーターには、プラスチック、メタル等の材質のバリエーションとともに、形状のバリエーションもありますので、メーカーや奏者のサウンドヘの意向に応じた、様々な仕様のパッドがあります。ピゾーニ、シャヌー、ミュージック・メディック、ヤマハ等がパッドブランドとして有名です。パッドはあくまで消耗品ですが、低品質なものは早期に硬化して密閉性が劣化したり、破損したりします。高価なパッドは比較的長持ちしますので、結果として経済的とも言えます。
 コルクもサックスの重要な部品の一つです。コルクは地中海性気候を好むコルクガシという植物の樹皮です。自然材ですので採取する樹木の生育状態、また採取時期によってその品質は大きく変わります。適切な条件の下で採取されていないコルクは、そのクッション性にムラがあり、曲げるとすぐに割れてしまうという、サックスの部品としては適当でないものも少なくありません。節が多く、明らかに断層があるのがそんなコルクです。また細かいコルクのフレークを高圧で固めた圧縮コルクというものもあります。これもサックスの部品としては不向きです。最近では化学樹脂で作られた合成コルクもサックスの部品として使われている場合もあるようです。「部品うんちく」でした。

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Written By: sax on 4月 10, 2019 No Comment

偉人と呼ぶにはあまりに若いかもしれませんが、日本ジャズ界の歴史に残るサックス奏者だと確信しています。その人の名は寺久保エレナ、1992年4月30日北海道札幌生まれの26歳のアルトサックス奏者です。ついこのあいだ、高校を卒業してバークリー音楽院に入学したと思っていたら、いつの間にかこんなに大人になっていました。
 ニューヨーク在住のジャズサックス奏者、寺久保エレナの音楽人生は「神童」から始まりました。19歳のときM&M’s(チョコレート)のサックスを持ってる人形をもらって、それがカッコいいな~と思い、それで両親がジャズのライブに連れて行ってくれて、そこからジャズとサックスにハマリました」、とサックスとの人生を早くにスタートしました。12歳で地元札幌のSJFジュニアジャズオーケストラに入団。中学生のときにピアノの山下洋輔に見い出され、新宿ピットインで共演。17歳でボストンバークリー音楽院サマープログラム「Jazz Work Shop」に選抜され5週間のボストンでのキャンプに参力。その翌年にはなんとキングレコードからアルバム「NORTH BIRD」でメジャーデビュー。ピアノに帝王ケニー・バロン、ベースはクリスチャン・マクブライド、ギターにピーター・バーンスタイン、ドラムはリー・ピアソンという最強のリズム隊の共演でニューヨークにて録音。このときはまだ高校3年生です。同年に東京JAZZ 2010で、ロン・カーター(b)、オマー・ハキム(ds)、ウィル・ボウルウェア(pf)と共演。高校卒業直後の2011年6月にはケニー・バロン、ロン・カーターらを迎えた2ndアルバム「New York Attitude」をリリースし、その年の9月、バークリー音楽院に日本人初のプレジデンシャルスカラーシップ生として入学。なんと授業料も寮費も全部免除の特待生です。バークリー在学中に、2012年にはプレイボーイ・ジャズフェスティバル、モンタレー・ジャズフェスティバル、ボストンでのビーンタウン・ジャズフェスティバル等に出演し、その年「New York Attitude」をリリースし、北米デビューを果たしました。2013年(21歳)にはもう自己のカルテットでブルーノート東京に出演と、学生時代からとんでもない活躍ぶりです。バークリー卒業後は拠点をニューヨークに移し、世界中で活躍し、2018年には5枚目のアルバム「リトル・ガール・パワー」をリリースしています。

 寺久保エレナは早熟なだけではありません。日本人には稀な、卓越したグルーヴ感を有し、バラードから撃速テーマまで、バップからファンクまで、あらゆる形の音楽で、「自分のサウンド」を存在させ続けることの出来る、唯一無二の個性を持ったサックス奏者です。彼女は現在セルマー社と契約し、同社のリファレンスモデルを使用していますが、小さい頃のヤマハやその後のヴィンテージマークⅥ時代と、ほとんど音が変わっていない感じすらします。雑誌のインタビューに、「新しい音楽は、新しい楽器でやるほうが向いてる気がする。」と答えています。どんな楽器でも、彼女の切れ味の良い、芯のあるサウンドは、まさに彼女だけの「オンリーワン」のサウンドのだと思います。

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Written By: sax on 3月 27, 2019 No Comment

身長170センチという小柄にもかかわらず、テナーらしい野太い音で、超絶スピードのフレーズをブロウすることから付いた愛称は「リトル・ジャイアント」でした。そう、あのジョニー・グリフィンです。1928年4月24日、イリノイ州シカゴ生まれのテナー奏者ジョニー・グリフィンは、1945年頃からライオネル・ハンプトンの楽団などで活動し、以降セロニアス・モンク、アート・ブレイキー、ウェス・モンゴメリー等、多くのミュージシャンらと共演しています。1957年に同じテナーサックスプレイヤーのジョン・コルトレーン、ハンク・モブレーと共演した「ア・ブローイング・セッション」をブルーノートからリリースし、テナーサックスのヒーローたちの歴史的なセッションとして伝説のアルバムとなっています。テナー3本にトランペットのリー・モーガンまで加わっているという豪華仕様で、御大アート・ブレイキーがドラムスで「にらみ」を効かしています。グリフィンは超絶技巧で激速フレーズを連発し、モブレーは渋い音で歌い上げ、コルトレーンは先進的なモダンフレーズで我が道を行っています。変幻自在にテナーサックスをブロウし、繊細にバラードを奏で、パッセージを世界最速で吹く小さな巨人は、ジャズ界で多くの支持を受けました。リバーサイドはもとより、ブルーノート、プレスティッジと、ジャズの三大レーベルでアルバムを吹き込んだ怪物はジョニー・グリフィンだけだと言われています。1963年にフランスヘ移住し、活動の場をヨーロッパに移しました。60、70年代はアメリカのジャズミュージシャンがヨーロッパに遠征する際には、こぞってサックスにはジョニー・グリフィンを、と指名したそうです。そんなヨーロッパでの活動の中で特筆すべきは、ケニークラーク・フランシーボランビッグバンドヘの参加です。ベルギー生まれの名ピアニスト兼アレンジャー、フランシー・ボランのアレンジによる重厚なサウンドの源泉には、テナーが3本、2ドラムという特殊な編成に加え、グリフィンの縦横無尽なソロワークも大きく貢献しています。

 ジョニー・グリフィンは典型的なハードバップ時代の「ホンカー」です。テキサス・テナーやブロー・テナーと呼ばれるこのスタイルのテナー奏者の音は、とにかく「でかく太い」です。ジョニー・グリフィンはオットーリンクのスーパートーンマスターとトーンマスターのメタルマウスピースを使用していましたが、そのティップオープニングはホンカー独特の「超ワイド」で、ボアも大きくえぐれていたようです。かつてドレイク(Drake)ブランドから、彼の使用したスーパートーンマスターを基にした「ジョニー・グリフィンモデル」が発売されていましたが、吹きこなせるプレーヤーは少なかったようです。
 ジョニー・グリフィンは大の日本好きで、たびたび日本を訪れています。日本のジョニー・グリフィンのファンの中で、「新幹線でジョニー・グリフィンと一緒になった」とか、「浅草でジョニー・グリフィンと立ち話した」などという話しはよく耳にします。2008年7月25日、ジョニー・グリフィンはパリの自宅で80歳で亡くなりました。彼の死をもって「ハード・バップ時代の終焉」、と言うジャズファンは少なくありません。

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Written By: sax on 3月 13, 2019 No Comment

ソプラノサックス奏者にありがちな顔を下に向けた吹き方ではなく、ストレートのマークⅥソプラノサックスをほぼ水平に構えているので顔はいつも正面向き。更にマウスピースを口に斜めに挿して、サックスが顔に被るのを防いでいるので、演奏中もその端正な顔立ちが100%クリアに露出される。そう、ソバージュヘアのイケメンソプラノサックス奏者、ケニー・Gです。
 ソプラノサックスと言えばケニー・Gという今日この頃。「いやソプラノといえば『マルサの女』の本田俊之だ」、とか、「ソプラノ奏者の第一人者はやっぱシドニー・ベシェでしょ」、という方々も少なくないとは思いますが、今や圧倒的な支持率のソプラノサックス奏者はケニー・Gだと思います。本名ケニース・ゴアリック(Kenneth Gorelick)、1956年アメリカのワシントン州シアトルに生まれ、17歳でバリー・ホワイトのバックバンド「ラヴ・アンリミテッド・オーケストラ」に参加してプロ活動を開始、1982年にアリスタ・レコードからケニー・G名義でソロデビューしています。1992年にはアルバム「ブレスレス」が全米2位を記録し、そこに収録されている「フォーエヴァー・ィン・ラヴ」は1994年に第36回グラミー賞で最優秀インストゥルメンタル作曲賞を受賞しています。ケニー・Gの音楽ジャンルを「スムース・ジャズ」と定義づけ、彼をその推進者と評する一方で、「彼の音楽はジャズに非ず」というジャズやフュージョン界からの批判もあるようですが、要は「ケニー・Gの音楽」という自身の独特の世界観を持っている、個性的なサックス奏者であることには間違いないでしょう。セルマーマークⅥソプラノサックス独特の甘いサウンドで歌い上げる、ポップス感に富んだ美しいメロディは、音楽のジャンルを超えて多くの人々の支持を受けています。

 使用楽器はソプラノに加えてアルトとテナーもセルマーマークVIの前期から中期のヴィンテージです。ソプラノにはデュコフのマウスピースにロブナーのリガチャーという、「硬質だがソフトなサウンド」にこだわったセッティングで使用しています。セルマーマークVIのストレートソプラノサックスは現代のソプラノに比べてかなり軽量で、ストラップリングも有りません。それゆえにケニー・G独特の、サックスを前方に突き出した奏法が可能になります。現代の重いソプラノをこの姿勢で吹いたら、一曲で右手親指を痛めてしまうか腕がパンパンになると思います。マークVIのソプラノは、トーンホールがほぼ直線に並んだ「インライントーンホール」が特徴で、そのため左手小指のテーブルキーは「右側に押し込む」構造になっています。このメカだからこそ出るサウンドがあり、かつて中国のサックスメーカーがケニー・Gの監修でインライントーンホールのケニー・Gモデルのソプラノサックスを発売し話題となりました。ケニー・G自身が、コンサートで客にそのサックスをプレゼントするという企画も実施したりして一時期人気になりましたが、今ではほとんど流通していないようです。ケニー・Gはビジネスマンとしてもかなり優秀だそうですが、この企画は計画通りにいかなかったのかもしれません。

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Written By: sax on 3月 6, 2019 No Comment

キータッチとはキーを操作する際の指先で感じる感覚のことです。タイプライターのキータッチや鍵盤楽器のキータッチは、その性能の良し悪しの判断基準のひとつになります。サックスの個体の評価の中でも、キータッチの軽さについて言及する場合があります。「羽のような軽いキータッチで、速いフレーズも苦労無く演奏できる。」など等と…。サックスのキータッチは本当に「軽いほうが良い」のでしょうか。
 ピアノの場合は、奏者がピアノのキーを打鍵することによって、指の力が鍵盤に伝わり、この力が機構上ハンマーに伝わります。その動作で慣性力を得たハンマーの頭部が弦を瞬間的に打ち、弦が発音し、これによる音波が音として人の耳に聞こえるわけです。キータッチがハンマーの速度や弦を打つ強さに影響するため、ピアニストは「キータッチ」についてとても敏感です。ピアノのキータッチは奏者が楽器と一体になるための、非常に重要な要素です。しかしサックスという楽器の場合、キーでおこなう操作は、「トーンホールという穴を塞ぐか開けるか」です。音を出しながらパッドをゆっくり開けたり閉めたりすることで、音の高さに変化を付ける「キーベント」という高等テクニックはありますが、サックスのキー操作は基本的に、「開ける」か「閉める」かのオンかオフ、そう「デジタル」な操作に他なりません。確かにキータッチが軽ければ、速くトーンホールを開めることが出来るかもしれません。しかしキーが軽く閉まるという事は、キーを開いているバネが緩いという事になり、キーが開こうとする力が弱いという事になります。C♯、D♯、G♯以外のキーは、奏者が指の力を緩めることで、バネの力でパッドが開きます。このバネが緩ければ、キーの開く速度も遅くなってしまいます。

 結論から言ってしまえば、サックスの場合のキーのフェザータッチは、必ずしも「良い事」だとは言えません。もちろん調整やメカニズム、材料の工夫で「キータッチを軽く感じさせる事」を実現したサックスは沢山あります。しかしそのようなサックスの場合も、トーンホールをしっかり閉めた状態に保つ為には、指にある程度の力を入れておかねばなりません。音の振動エネルギーで、サックスの中の空気は外側に出ようとしますので、キーを閉じた指の力でそれを「押さえ付ける」訳です。サックスという楽器のキーの機能は、ピアノ等のキーとは全く違います。フェザータッチでパラパラと軽やかに操作できるのが良いサックスだと勘違いされる方も多いようですが、本来サックスという楽器のキーはフェザータッチで済む様な代物ではありません。指に力を入れて瞬時にパッドを塞ぎ、その状態で押さえ付け、指の力を緩めれば、楽器の強いバネの力で瞬時にキーが開く…。それがサックスのキーアクションです。サックスの運指にはスピードだけでなく、ある程度のパワーも必要なのです。

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Written By: sax on 2月 20, 2019 No Comment

ポール・デスモンドは1924年、ポール・エミル・ブレイトンフェルドとして米国サンフランシスコに生まれました。12歳でクラリネットを始め、後にサックスに転向。19歳にしてプロデビューし、ウェストコースト・ジャズを代表するサックス奏者、作曲家となりました。彼が21歳になったとき、皆に知られるポール・デスモンドに名を変えました。その理由について本人は、「名の響きからアイリッシュ系であることを取り沙汰されるのが嫌だった」、と述べていますが、友人らの証言では諸説入り乱れており、真実はポールの胸の中、という事になっているようです。
 ポール・デスモンドについてはデイヴ・ブルーベック抜きでは語れないでしょう。ポールは1946年、ジャズ・ピアニストのデイヴ・ブルーベックのバンドに参加しました。1967年に至るまで、このバンドで多くのアルバムを発表しますが、特にアルバム「Time Out(1959年)」に収録された、ポールが作曲した5拍子の楽曲「テイク・ファイブ」が評判となり、世界中で大ヒットしました。そう、誰もが知っている、あの「テイク・ファイブ」です。実際にはポールとデイヴがアイデアを出し合って作った曲と言われていますが、あえてデイヴがポールに作曲者としてのクレジットを譲ったようです。ポール・デスモンドはデイヴ・ブルーベック・バンドでの活動以外では、ジェリー・マリガンとも度々共演しました。1950年代中期からは、バンド・リーダーとしての活動も多くなり、ウェストコースト・ジャズの旗手のひとりとして活躍しました。コニー・ケイ(モダン・ジャズ・カルテット)やジム・ホール等がポールのサイドマンを務め、多くのレコーディングを残しています。プロデューサーのクリード・テイラーのCTIレコードが創立されると、ポールも同社の専属となりました。ジャズ専門誌「ダウン・ビート」の読者人気投票で、アルトサックス部門の首位をしばしば獲得する活躍をしていましたが、1977年52歳のとき肺癌で他界しました。

 ポール・デスモンドのアルトサックスのサウンドは、まさに唯一無二の「ポール・サウンド」でした。柔らかくて甘い音でありながら、ある意味硬質でしっかりとした芯があり、遠くまで届く鋭さを持っている…。まあ、文章での表現はどうやっても本質を語ることは出来ないでしょう。とにかく録音を聴いてください。多くの一流プロサックス奏者たちが、ポール・デスモンドのサウンドに感動し、研究し、彼のサウンドの秘密を探り、その魅力に少しでも近づこうと努力しています。しかし、セルマーSBA(Super Balanced Action)にフレディ・グレゴリーの広めのマウスピース。それにやや硬めのリードというポールのセッティングを真似ても、彼の音は到底出すことが出来ないようです。有名な彼の語録のひとつに、「ドライ・マティーニのような音を出したい」というフレーズがあります。そう、まさにドライ・ジンとドライ・ベルモットのステアカクテル(シェイクしない)に、オリーブが添えられている…。そんなサウンドなんです。

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