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サックス 演奏

Written By: sax on 10月 16, 2019 No Comment

スマホはもはや電話ではなく、生活のすべての面倒を見てくれる、パーソナルアシスタントになっています。ある友人が、「酔っぱらってスマホを落とし、素面になったら、自分がスマホ無しでは何も出来ない事に気が付いた。」そうです。我々サックス吹きにとっても、力強い練習パートナーになっています。過去にも何度かスマホを取り入れた練習法を紹介しましたが、今日はその「最新版」をば。
 サックスの個人演習では、チューナーとメトロノームのアプリは必須です。あまりにも沢山あるのでどれがお勧めとは言い難いですが、チューナーは反応速度の速いもの(弦楽器用は反応が遅いです)、またメトロノームは振り子やインジケータ等の視覚情報が、なるべく大きく見易いものが良いでしょう。音の情報は物理的にわずかに遅延しますので、メトロノームを使った練習は「目と耳で」合わせるのが大切です。数千曲ものコード譜と、ピアノ/ベース/ドラムのリズムトリオでその伴奏をしてくれるアプリ、ご存じ「iReal Pro」はアドリブ練習の強い味方です。コード譜の移調も出来るし、なんと言ってもバックの演奏のセンスが良いです。有料アプリですが、ジャズ系の楽器奏者はほとんどが持っています。同じ音程のままスピードを増減出来たり、ピッチ(音の高さ)をシフトしたりが出来る音源プレーヤーアプリも沢山出ています。ソロ等の「耳コピ(耳で聴き取りながら譜面を作る、もしくは演奏出来るようにする)」に必須な便利アプリです。アドリブソロの書き譜(アドリブでなく、前もって準備したソロ)を作るときには「Piano Chord」というアプリが役に立ちます。「dim」や「sus4」などのテンションコードを含むほとんどのコードの構成音を、ピアノ鍵盤とピアノの和音で確認できます。ピアノの和音は転回コ ードの響きも確認できます。

 バンド練習でもスマホは大活躍です。メトロノーム、録音機能、再生機能などが役に立ちます。そしてそのようなときは、スマホからの音がメンバー全員に聞こえるように、スマホのイヤホン端子からケー ブルを延ばし、スタジオのPAミキサーやスピーカーにつなげて音を拡大していることと思います。しかし最近のデジタルキッズ達は、ケーブルなんて古臭いものは使いません。「Bluetoothレシーバー(受信機)」を使えばケーブルは不要です。Bluetooth 無線通信を使った「ワイヤレスイヤホン」はもうすでに馴染み深いと思いますが、その「イヤホン役」をアンプやスピーカーにしてもらうのが、マッチ箱ほどの大きさの「Bluetoothレシーバー」です。レシーバーから出た音声ケーブルをPAミキサーやスピーカー に差し込めば、スマホからの音声はワイヤレスでそこに送られます。かなり広いスタジオや練習場でも、通信距離10m以上のBluetoothなら問題なく音は伝わるでしょう。今まで長~いオーディオケーブルを使っていたあなた。時代はワイヤレスですよ。

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Written By: sax on 10月 9, 2019 No Comment

ジャズの歴史の中で、「スイングジャズの異端児」そして「モダンジャズの開祖」と称されるジャズテナーの巨人、レスター・「プレス」・ヤングは1909年、ミシシッピ州ウッドヴィルという町で生まれました。ファミリーバンドでの演奏から始まり、24歳の頃にはプロのジャズプレーヤーとなり、27歳で名門カウントベイシー楽団に加入しました。そこで一躍国民的人気のジャズテナーマンとして認められます。数々の名演奏を残し、彼の作り出したスタイルはモダンジャズの原型として、多くのミュージシャン達に受け継がれましたが、第二次世界大戦が始まり、35歳で入隊、軍隊で経験した暴力行為から麻薬に手を出し、軍法会議で投獄されました。1年で除隊しますが、酒と薬物により肉体と精神は蝕まれ、廃人のような生活を続けるようになりました。49歳のときにパリのコンサートに招聴されるというビッグチャンスを掴みましたが、パリに向かったレスターは既に演奏できる状況になく、契約は破棄。失意の中で帰国する飛行機の機内で病状が悪化し、そのまま帰らぬひととなりました。

 レスター・ヤングの活躍は、絶頂期として10年に満たないい一瞬の輝きでしたが、後世に多くの影響を残しました。当時人気絶頂のジャズテナー、コールマン・ホーキンスのブリブリと吹きまくるホンカーテナーに対し、繊細で美しいメロディラインを即興で作り出すレスターのアドリブは、まさにジャズの新時代でした。少年時代のチャーリー・パーカーはレスターの演奏に魅入られ、後にバップ時代の基礎を築きました。レスターは当時主流だった 4小節や8小節単位の型にはまったフレーズ造りを嫌い、まさに奔放にアイデアを駆使してアドリブソロを紡ぎました。モダンジャズのアドリブソロの可能性は、レスター・ヤングが生み出したと言っても過言ではないでしょう。事実、彼の残した録音は音質こそ「当時の録音」ですが、フレーズの展開や個性の表現は、現代にも通じる「新しい」ものになっています。
 レスター・ヤングはテナーサックスを斜めに、また興が乗れば横水平にまでして吹きまくる、という奇異な演奏スタイルに注目されがちですが、ソロの組み立て方やサウンド、メロディに対するアドリブの考え方などに、当時の先進性が溢れています。そのルーツには彼がキャリアの形成期にあこがれていた、シカゴスタイルのデキシーランドジャズ奏者、フランキー・トラムバウアーがいます。フランキーはCメロサックスを吹いており、アルトとテナ ーの中間のようなソフトなCメロの彼のサウンドがレスターの心を掴み、彼の特徴あるサウンドを作り出したのではと言われています。またリズム面ではカウントベイシー楽団の秘密兵器、「オール・アメリカン・リズム・セクション」と呼ばれた、強力なリズム隊に鍛えられました。リズムギターの名手、フレディ・グリーン率いる、強烈にスイングし、かつ安定したリズムセクションは、レスター・ヤングのフレーズに大きな自由度を与えてくれました。 戦争さえ無ければ、レスター・ヤングはもっとたくさんの音楽の宝物を遺してくれたはずです。

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Written By: sax on 10月 2, 2019 No Comment

シンリップやらファットリップやら、そしてダブルリップやシングルリップと、サックスのマウスピースの咥え方、アンブシャについて、色んな人から色んなことを言われますよね。 でも、何故か説明は何となく「大雑把」。アンブシャについて細かく細かく考えてみましょう。
 アンブシャとは、サックスのマウスピースに息を吹き込み、リードを振動させ、サックスから音を出させるための、「口の形とその細かな操作」の事です。息のスピードや舌のコントロールもアンブシャに含まれると考えることもできますが、今回は別にしておきます。「口の形」と考えるとアンブシャは、幅1センチ程でマウスピースを360度取り囲む、ベルト状の領域の奏者の唇の状態、と考えられます。上側の180度は上唇、上あごの接触形態です。ダブルリップと呼ばれるアンブシャ以外では、上前歯をマウスピースに軽く接触させ、マウスピースが口の中でグラグラしないよう固定します。この「前歯のあて方」が要注意です。メタルマウスピースのバイトプレートを交換したことのある方はご存じだと思いますが、 バイトプレートの材質や厚さで、サウンドや吹奏感は大きく変わります。マウスピースパッチの大きさや厚さでも同等の影響があります。ですので、歯を強くあてるか、弱くあてるかで、サックスのサウンドは変化します。ダブルリップというアンブシャが存在するのもこの辺に関係します。前歯のあて方は、上唇によるマウスピースの「締め方」と密接に関係します。上唇をべったり(幅広く)巻くか、硬めに(細い幅で)巻くかで、唇のマウスピースへの接触面積や圧力が変わります。アンブシャ上半分の理想は、マウスピースが口に対してグラグラ動かず、息漏れせず、マウスピースの振動を抑圧しない、ということです。「ほ」の発音の口の形と、「わ」の形とでは、上唇の硬さやマウスピースへの接触面積が変わります。 じっくりとあなたのベストを探ってください。

 アンブシャの下半分は上半分より少々複雑です。リードが自由に動けるようにしつつ、必要なリードの制御もしているからです。「む」の口の形でマウスピースを咥えたら、リードに下唇がべったりとくっ付き、リードはほとんど振動できなくなります。ファットリップのアンブシャは、この口の形でリードとの「接触関係」の落としどころを探し出し、リードが最大限に振動できるような下唇の締め方を作り出すものです。ファットリップ以外のアンブシャでは、下唇を歯に巻き込んでリードを押さえます。しかし巻き込み方によってリードへの接触のしかたも変わります。軽く巻いただけならリードに触るのは、唇の内側の柔らかい肉の部分ですが、深く巻き込めば唇の外側の乾いて固い部分がリードに接触します。触るリ ードの部分にもよりますが、下唇の硬い部分でリードを押さえたほうが、リードの振動が吸収されにくいと言われています。あなたのアンブシャは下唇のどの部分がリードに触れていますか?どうですか?こういう細かいチェックが理想のアンブシャを作る助けとなります。 ファットやらシンやらの、大雑把な呼称でアンブシャを締め付け、いや決め付けないほうが良いと思いませんか。

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Written By: sax on 9月 25, 2019 No Comment

1945年、フロリダ州タンパで生まれたデビッド・サンボーンは、今年74歳で現役バリバリのアルトサックス奏者です。幼少の頃小児マヒにかかり、医師のすすめでリハビリとしてアルトサックスを始めました。角度のきつい独特なアンブシャはその影響と言われています。 15才の時にはすでに地元のブルース・バンドでプレイし、アルバート・キング等のミュー ジシャンと共演しています。大学で音楽を学んだ後、スティーヴィー・ワンダー、デヴィッド・ボーイ、ローリングストーンズ等のツアーメンバーとして演奏したり、B.B.キング、ジェイムス・ブラウンらのレコーディングに参加したりと、トップ・スタジオ・ミュージシャンとして活躍しました。その後ポール・サイモン、ジェイムス・テイラー、リンダ・ロンシュタット、カーリー・サイモン、チャカ・カーン、イーグルス等のレコーディングにも参加し、彼の独特なサウンドによって個性溢れるアルトサックス奏者として注目されるようになります。 そして1975年、ワーナーブラザーズから初リーダー作『テイキング・オフ』を発表。1980 年発表の『ハイダウェイ』は大ヒットし、ゴールドディスクを受賞。1981年には『夢魔』 でグラミー賞最優秀R&Bインストウルメンタル賞を受賞し、現在も唯一無二の、ジャズ/フュージョン界No.1のアルトサックス・プレイヤーとして支持されています。

 デビッド・サンボーンを「新しいアルトサックスを作り出した」と形容する音楽ファン達がいます。それだけ彼のアルトサックスの音色はユニークで、それまでに無かった「新しいサックスの音」を聴衆に届けました。ハイバッフルのメタルマウスピースで、シャープでパ ーカッシブなサウンドを奏でるアルト奏者のほとんどが、デビッド・サンボーンの信者です。 極端な話し、アルト奏者は「サンボーン系」と「それ以外」に区分しても良いくらいだと思います。それだけサンボーンは個性的です。
 虚実入り混じったサンボーンの「個性」を確認してみましょう。ブリルハート・レベルエアやデュコフ・メタルなど、マウスピースは一貫して「細身のハイバッフル」。楽器はすべて14万番台のアメセル・マークVI(3–4本所有:本人談)。楽器全体のネジをすべて弛めることで、響きが得られるとのこと。サムフックが動くほどネジがゆるいし、ネックジョイントもスカスカ。とにかく生音がでかい。煙草も酒もやらず、食生活には特に気を遣っている。毎日パパイヤをたくさん食べるらしい。リードはバンドレンV16の3-1/2…、あ、厚い (汗、デュコフのD8にこんな硬いリードでは、普通音が出ないと思います)。リガチャーはハリソンのゴールドプレート。サンボーンのファズトーンはとりわけ凄い。良く使うのはハイFとハイF#の高音域。捻って出すグロートーンとは似て非なるもので、ファズトーンは重音奏法(複数の音を同時に鳴らす)のひとつ。サンボーンの奏法を解説している本は結構ある。 リーダーアルバム24枚、グラミー賞6回受賞、ゴールドディスク8枚、プラチナディスク 1枚。うん、やっぱ、サンボーンは凄い。

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Written By: sax on 9月 11, 2019 No Comment

伝説のジャズテナー奏者でありながら、俳優としても高い評価を受けており、背が高く、帽子が良く似合う、ハンサムで寡黙でクールなテナーマン、愛称「デックス」と呼ばれたデクスター・ゴードンは、1923年ロサンゼルス生まれの、ビバップ期真っただ中に活躍したテナーマンです。40歳以上のジャズテナー奏者たちに、「アイドルのテナーマンは?」と訊くと、4人に一人くらいは名前をあげる、ジャズ史にその名を遺す「ザ・ジャズテナーマン」です。
 デクスター・ゴードンは1940年、友人のアルト奏者、マーシャル・ロイヤルの紹介でライオネル・ハンプトン楽団に加入しました。マーシャル・ロイヤルと言えば、カウント・ベイシー楽団でその名をとどろかせたリードアルト奏者です。デクスター・ゴードンが映画「ラウンドミッドナイト」の中で、何か心残りは、とたずねられ、「カウント・ベイシー楽団でプレイしなかったことだ」と語っていますが、あれは俳優としてのセリフではなく、デックスのアドリブだったとのことです。多くの名テナー奏者がベイシー楽団でプレイしましたが、デックスがあの伝説のバンドで吹いていたら、さぞ凄い演奏を聴かせてくれたことでしよう。1945年にニューョークに移り、多くのレコーディングに名を残し、第一線のジャズシーンで活躍しました。しかし1950年代はドラッグ中毒になり、療養と投獄を繰り返します。

 1955年に「Daddy Plays the Horn」をリリースしましたが、それ以外はほとんど病院と刑務所の日々でした。そしてドラッグから立ち直ったデックスは、1960年、リーダー「The Resurgence of Dexter Gordon」でジャズシーンに復活します。その後ョーロッパに定住、1976年までフランスやデンマークを拠点に活動しました。1962年の「0ur Man in Paris」、「One Flight Up」(1964)、「CLUBHOUSE」(1965)はこのころの作品です。そして1976年アメリカに戻り、アメリカでの活動を再開します。精力的に活動し、1986年には俳優として映画「ラウンドミッドナイト」に出演、アカデミー主演男優賞にノミネートされました。1990年公開のロバート・デ・ニーロ主演の「レナードの朝」に病気を押して出演していますが、撮影を終えて間もない1990年4月25日、67歳という若さで腎臓病により帰らぬ人となりました。
 デックスのテナーサウンドは、それ以前のジャズテナーの正統派であった、ベン・ウェブスターやコールマンホーキンスのような「野太くふくよかな、包み込むようなサウンド」とは少し違っています。どこか哀愁漂う、大らかで豪快かつ繊細なテナー。それはデックス独特のシャープさをもったサウンドと言えるかもしれません。デックスのセッティングは50 年代まではコーンの10Mにデュコフを主体に、60年代以降はセルマーマークVIにフロリダのリンクメタルです。この時代のテナーマンの定番中の定番ですので、解説するまでもないのですが、デックスの各時代のサウンドを良く聞きこむと、「テナーテナーした豪快なサウンドよりも、コントロール性を重視したセッティング」、と言えるような気がします。

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Written By: sax on 8月 28, 2019 No Comment

「遅く生まれ過ぎたテナーマン」と呼ばれる、ド渋なテナーサウンドで有名なジャズテナー の名手、ハリー・アレンは1966年、ワシントンDC生まれの52歳です。時代の流れに反して、ポール・ゴンザルヴェスやベン・ウェブスター、コールマン・ホーキンスといったスウィング寄りのスタイルに固執しているところがジャズファンの心を射止め、近年、頻繁に CDをリリースしています。1996年にリーダーアルバム、「ディア・オールド・ストックホルム」をリリースしましたが、当時30歳の童顔とも言えるアレンの顔と、彼の奏でるサウンドのイメージが一致せず、ファンたちは「本当にこいつが吹いとるんか?」とざわめきました…。というのは嘘ですが、とにかく渋いサウンドとフレーズ、また高度な演奏技術は、まさに「直球のジャズテナーサウンド」を聴かせてくれます。

 ハリー・アレンは日本では特殊なデビューを果たしています。日本のレコード会社が彼のリーダー作を企図・制作、そして当時の名門ジャズ雑誌が同時にプッシュするという、日本のレコード会社、ジャズ雑誌が発掘し育てたテナー奏者という一面を持っています。よって日本ではある時期、一年に一枚以上のペースで、コンスタントにリーダー作をリリースしており、そんな彼の日本版リーダー作は、その多くが日本人ジャズファン好みの作品となっています。また来日公演も多く、毎年のように自己のグループを引き連れて、日本公演をおこなっていた時期もあります。彼が尊敬するテナーのレジェンド、スコット・ハミルトンとのツインテナーでのアルバムや、超絶技巧系ど渋ギタリスト、ジョン・ピザレリとの共演が多く、どれも秀逸で小粋な演奏を聴かせてくれます。
 ハリー・アレンのセッティングは、セルマーのスーパー・バランス・アクション(SBA) にオットーリンク・トーンマスターのマウスピースを使っています。音もヴィンテージなので、やはりセッティングもヴィンテージですね。マークVIより古い時代のSBAのテナー は、最近ではヴィンテージ市場でも見つけることは稀です。見つけても200万円近い値段になっていることがあります。ため息しか出ませんね。ちなみに共演も多いテナー奏者スコット・ハミルトンが使っているマウスピースは、ハリー・アレンから「貰った」マスターリンク・フォースターとのことです。やはりハリー・アレンのような枯れてかつ艶のある繊細なサウンドは、こんなセッティングでしか出ないのでしょうか。あれ? SBA とトーンマスターの組み合わせは、なんとあのジョン・コルトレーンと同じですね。二人のサウンドは両極端のような違いがあります。やはりサックスのサウンドは、楽器やセッティングだけでなく、吹き手が作るものなのですね。良かった、良かった。

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Written By: sax on 8月 21, 2019 No Comment

サックスは比較的取っつき易い管楽器だと言われています。しかし、そうは言っても奥深い技の世界は存在します。多くのトップサックス奏者たちは、そんな超絶テクニックをいとも自然に繰り出し、自らのサウンドに豊かな表情を加えています。今日はそんな「技」についてお話します。
 「サーキュレーション・ブリージング」という技があります。日本語では「循環呼吸」と呼ばれ、音を鳴らしながら息を吸う、という特別な呼吸法です。肺の息が残り少なくなった時点で、口腔の中にある程度の量の空気を貯め、その空気を頬の筋肉で押し出すことで楽器の音を持続させ、その隙に鼻から肺に瞬間的に空気を吸い込みます。これを繰り返すことで、 楽器の音は延々と途切れずに鳴り続ける訳です。フルートやトランペットなど他の管楽器でもこの呼吸法を演奏に使うプレーヤーはいますが、やはり楽器をそれなりの音量で鳴らし続けるのは難しく、ライブステージでの演奏のカデンツァ等で「飛び道具」として使われるケ ースが多いようです。ソプラノサックスで有名なケニー・Gが、45分47秒の超ロングトー ンでギネス記録を持っています。非公式にはローランド・カークによる2時間21分が最高記録です。現在では訓練法や教則本等も数多く出回っており、アマチュアでもマスター可能な技術になっています。
 サックスの通常運指の範囲を超えた高音域の音を、特別な運指と喉のコントロールで出すことをフラジオと言います。

 また、運指の音の2倍音、3倍音等を喉の形や息の方向のコントロールで出すことをオーバートーンと言います。「オーバートーンはサックスの音質を豊かにするための大事な練習です」、とデイブ・リーブマン巨匠は言っています。このフラジオとオーバートーンのテクニックを組み合わせてマスターすると、サックスの音域の 1オクタ ーブ以上高域の音を、自由に出すことが出来るようになります。極端な例では、サックスで指を動かさずに高域の音階を上がり下がり出来るようになるらしいです。究極の技巧派サックス奏者、故マイケル・ブレッカーは、テーマだろうがソロだろうが、どうやって出してるんだろうという音域の音を「ピューピュー」出しています。喉のコントロールが出来ないと吹けないようなフレーズを、バンバン吹いています。是非聴いてみてください。
 サックスのサウンドは「タンギング」が命と言っても良いでしょう。どんなに良い音でも、 音の出だしが不明確だったり、タイミングが外れたりしていれば、美しい「フレーズ」にはなりません。上級タンギング技術には、ハーフタンギング、スラップタンギング、ダブルタンギング、フラッタータンギング等がありますが、これらのタンギング技術をマスターするというよりも、これらの「発音特性」を必要とする音楽表現をマスターする、と考えるのが妥当でしょう。技術優先で考えると、タンギングは目的と手段が逆転しがちなので気を付けましょう。バカっ速いフレーズの練習をしていたら、知らぬ間にトリプルタンギングをしてた、なんて怪談(?)を聞いたことがあります。

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Written By: sax on 8月 7, 2019 No Comment

「テナーサックスは、人間の肉声に最も近い楽器」、と良く言われますが、ベン・ウェブスターのテナーサックスのサウンドを耳にしたら、「なるほど、なるほど」と100回くらいはうなずくでしよう。ベン・ウェブスターのテナーは、ときには囁き、ときには捻り、端ぎ、 鳴咽し、歓喜に吠え、咆哮します。
 スイング期の三大テナーとして、コールマン・ホーキンス、レスター・ヤングと並び称されたベン・ウェブスターは1909年、カンザス・シティの生まれです。三大テナーに共通して言える特色は、メロディアスで流麗であることです。モダン・ジャズ期の多くのサックス奏者は、メロディアスであることを敢えて避けており、ある意味では聴きづらいジャズとも言えます。しかし彼ら旧世代のサックス奏者は、ヴォーカリストが歌うかの如く、メロディを感情たっぷりに演奏しています。単純ですが分かり易く、心地良いサウンドです。代表的なアルバム、「ソウルヴィル(SOULVILLE) 」は1957年吹き込みで、世はハード・バップ全盛期です。そんな時代に、大御所ウェブスターが放った実に直球な作品では、骨太なスウィング・サックスをたっぷりと聞くことが出来ます。当時気鋭の若手ピアニストだったオスカ ー・ピーターソンがサポートし、更にハーブ・エリスがギターで参加、ベースは巨匠レイ・ブラウンと、素晴らしいメンバーによるクインテット構成です。

 ベン・ウェブスターはプロデビュー以来、ベニー・モーテン楽団、フレッチャー・ヘンダ ーソン楽団、ベニー・カーター・バンド、デューク・エリントン楽団等、数多くの名バンドに在籍しましたが、デューク・エリントン楽団の花形ソリストとしていっきに有名になりました。三年間エリントン楽団で活躍したベンでしたが、なんと御大エリントンとケンカしてバンドをクビになってしまいました。その後は主に自己のバンドやセッションで活動し、数多くの名作を残しており、ベンにとっては「独り立ちする良い機会」だったのかもしれません。エリントン楽団では、伝説のアルト奏者、ジョニー・ホッジスとの出会いもありました。 ベンによれば、ホッジスこそが彼に、「サックスをどのように演奏したら良いか」を教えてくれた人物だということです。ビッグバンドのアルト奏者には、神のように崇められているホッジスですが、彼の流麗にして滑らかなフレーズや、包み込むように暖かなサウンドは、 確かにベン・ウェブスターに受け継がれているのかもしれません。
 ベン・ウェブスターというとオットーリンク社のメタルマウスピース、マスターリンク・フォースターを愛用していたことで有名です。この時代のマウスピースは現行のものと設計が異なり、かなりマウスピース全体が小さく、大きな音が出し難かったようです。その小さなマウスピースの中を大きくえぐったラージチェンバーによって、ベン・ウェブスターの豪快なサウンドが実現されていたようです。色々考えると、是非ベンには現行のパワー系のマウスピースを使ってもらってみたかったです。きっと、もの凄いサウンドを聞かせてくれたことでしょう。

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Written By: sax on 7月 24, 2019 No Comment

ある年代のジャズテナーサックス奏者は、目指すサックス奏者にこの人の名をあげないと、奇人呼ばわりされることがありました。ジャズテナーの聖人、ジョン・コルトレーンはそれほど「神格化」されていました。1955年、マイルス・ディヴィスのグループに加入し、世に名前を知られるようになってから、1967年に肝臓がんで亡くなるまで、まさにジャズ界を駆け抜けていったコルトレーンに関しては、短い期間だったにもかかわらず、多くの名録音とともに、多くの資料や逸話も残っています。「聖者」、ジョン・コルトレーンを振り返ってみましょう。
 多くの資料で、「聖者ジョン・コルトレーン」 という呼び方が好んで使われています。これは1966年の来日ツアーの際のインタビューで、「10年後、あるいは20年後に人間としてどう在りたいか?」という難解な質間に対し、「私は聖者になりたい」と答えたというエピソードから、このような呼称が定着してしまったようです。この短い引用を聞くと、イメージ通りにコルトレーンが、きっぱりと真顔で口にしたように感じます。が、現実はそうでもなかったようです。インタビューの録音では、この答えの後、コルトレーンはくすくす笑い、続いてコルトレーンの左隣にいた妻のアリスも笑いました。コルトレーンの真意を測りかねた通訳は「聖者になりたいですって?」と聞き返しましたが、これに対してコルトレーンとアリスからさらなる笑いが起こり、コルトレーンは「その通り」と答えた、とのことです。つまり、「私は聖者になりたい」は、ほとんど冗談だったと推測されます。しかし後の1957年春に、長年の中毒からヘロインを断った際、彼は「音楽によって人々を幸福にする」という願望を神に願い、誓ったそうです。「聖者」のような崇高な存在を目指していたのではなく、「聖者のように」人々を幸せに導ける音楽家になりたかったのは冗談ではなかったようです。

 10年という短い間に、コルトレーンは多くの変化を遂げました。常にフォルテッシモで速いパッセージばかり吹き続ける、「シーツ・オブ・サウンド」の時代。コルトレーン最大のヒット曲となった「マイ・フェイヴァリット・シングス」でのソプラノ・サックスは、コルトレーンの定型パターンとなりました。アルバム「至上の愛」では、コルトレーンのモー ド・ジャズは極限にまで達し、調性にとらわれず、あらゆるスケールを縦横無尽に使うスタイルを実現しています。そしてアルバム「アセンション」では完全にフリー・ジャズの演奏スタイルとなりました。そんな大きな変化の中で、コルトレーンは常に楽器に対しても、音楽に対しても「生真面目」を貫き通しました。人一倍練習をし、楽器を研究し、音楽理論を突き詰める、という一連の姿勢は他のミュージシャンを圧倒していました。マウスピースをいじり過ぎて、ダメにしてしまったことも頻繁だったようです。名盤「バラード」は、手持ちのマウスピースを皆ダメにしてしまい、反応の悪いマウスピースでバラードしか吹けなかった、という逸話も残っています。本当なのでしょうか?

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Written By: sax on 6月 26, 2019 No Comment

松本英彦は「日本のジャズ」を作ったミュージシャン達のひとりで、日本のジャズの歴史に残る偉大なテナーマンです。1926年岡山県に生まれ、18歳でプロ活動を開始、いわゆる「米軍キャンプ」のバンドを経て、日本のジャズブームの中心となる「ビッグフォー(ジョージ川口(ds)、中村八大(pf)、小野満(b)、松本英彦(ts)」で活躍することとなります。日本ジャズ界への多大な貢献を評価され、1991年には紫綬褒章を受章しています。肺ガンの手術後の医療ミスが元で全身麻痺となり、3年近い闘病生活の末、2000年に73歳で亡くなりました。
 ニックネームは「スリーピー松本」。細い目が演奏中に眠っているように見えるからとか、コンサート中にピアノの横で居眠りをしていたから、とも言われているこのニックネームは、常に温厚な微笑みを絶やさない、大きな包容力を感じさせずにはいられない松本にとって、最適のニックネームだったことでしょう。第二次世界大戦終了後、それまで禁止されていた欧米の音楽が怒涛の如く日本に流入し、それに刺激を受けた多くの若い演奏家たちが「バンドマン」となりました。米軍キャンプのパブやダンスホールで演奏し、本物のジャズを勉強しながら、自己の技量を向上させて行きました。その背景には、敗戦日本政府が米進駐軍の要請に応えるかたちで始めた、演奏家の派遣業務があります。国内の演奏家を集め、米軍キャンプや基地、ホテルに設けられた米軍高級将校や軍属の宿舎に派遣し、演奏させる業務です。プレイヤーの絶対的不足により、日本人プレイヤーたちはそれなりに歓迎され、多くの演奏場所がありました。それゆえに極端に言えば、楽器をもってさえいれば、何かしらのバンド仕事にありつける状況だったようです。そんな玉石混合の状況の中から、スリーピーたちのような「本物」が巣立ち、日本のジャズを作り上げていったのです。

 松本英彦のサウンドは、あくまで太く、温かく、スムースな正統派のテナーサウンドです。奏法も、「呼吸するように」自然で無理のないものになっています。息の吹き込み、ブレス(息継ぎ)、タンギングを、まるでサックスが自分の声であるかのように歌っています。これほどスムースなテナーの演奏は、世界的に見てもそれほど多くはないでしょう。彼は多くの後進にサックスのレッスンをおこないましたが、指導を受けた多くのサックスプレーヤーが、彼の論理的で無駄のない奏法や、練習法の合理性に驚嘆したと述べています。スリーピーは1979年に購入した、HセルマーのマークVII GP(ゴールドプレート)をずっと愛用していました。後期のマークVIIで、かなりSA80系の技術も採用されていそうです。マウスピースは主にベルグラーセンのメタルで、典型的な「豪快テナー系」です。

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